- Recollection of MAPP in U-Penn
- ペンシルベニア大学 MAPP回想録
- ポジティブ心理学の第一人者から何を学んだのか?
#5 mAppの「A」
mAppの由来
先にご紹介した通り、MAPPとはMasters of Applied Positive Psychology の略称ですが、
なぜMPP ではなく、MAPPなのでしょうか?
実はこの 「A」(Applied = 応用)は、外す事のできない重要なキーワードなのです。
「mAppのA は Capital A (大文字のA)でなければならない」―
このように、プログラム開設当初からマーティ(セリグマン教授)はよく「A」の重要性について語っていました。なぜなら、マーティをはじめとした多くの研究者達やMAPP生にとっての最大の関心事はただ一つ。ポジティブサイコロジー(以下、PP)をいかに現実社会に応用できるか?という事だったからです。
中には、PPの博士課程に興味を示す人もいましたが、マーティ自身、博士課程は作らないと当初から決めていたそうです。MAPP は、単なる研究や学習の場ではなく、研究の成果をあらゆる分野に応用する場所であって欲しい、という強い想いがあったようです。(現在では、他大学にて博士課程のコースもできましたが、ペンシルベニア大学では当初も今もマスターレベルのみです。)そして私たちは、応用こそが最大のチャレンジであるという事にすぐに気づかされたのです。
PP「応用」に伴う第一の壁
私たち1期生が、職場や家庭など各々の場所でPPの応用を試みた時、最初に直面した大きな壁が主に二つありました。一つは、言語の壁。例えば、 VIAに基づく24の「強み」をベースにした手法を取り入れようとしても、それらの言語や概念が一般的なものではないため、PPを知らない人たちとのコミュニケーションがスムーズにとれないのです。「誠実さ」「勇敢さ」「自制心」などの「強み」の言語は、 専門用語と言う程難しい言葉では決してないのですが、やはりそれらの言葉が日常で使われる事は珍しいのでしょう。私たちは、「強み」をベースにしたコミュニケーションをとる土壌が整っていない現実に気づかされたのでした。
実際に、ネガティブな意味を表す語彙と、ポジティブな意味を表す語彙とを比較すると、 ネガティブな語彙数の方が圧倒的に多い そうです。例えば、日本語で「悲しい」という言葉の同義語を辞書で引くと、不幸、辛い、苦しい、悲壮、甚い、切ない、哀れ、沈痛など、沢山の言葉が出てきます。一方で、「嬉しい」という言葉の同義語は、幸せ、楽しい、ご機嫌、喜ばしい、くらいしか出て来ません。しかもこれは、日本語や英語に限らず、多くの言語で共通して言える事だそうです。人類の進化の過程で当然の事と言えばそうなのでしょうが、いかに私たちが「良い点」よりも「悪い点」に目を向ける事に長けているかを表しているように思います。
PP「応用」に伴う第二の壁
二つ目は、新しいものを取り入れる事への抵抗や、PPがなかなかサイエンスとして受け入れられず、エビデンスを伴わない多くの「セルフヘルプ」等と同様に位置づけられてしまっていた事です。PPが、少々皮肉を込めて「Happiology」と言われていたのもそういった理由からなのでしょう。
どこの企業や教育現場でも、当時の課題解決の一般的な手法は、問題点を見つけて改善する、といういわばマイナスからゼロを目指すやり方でした。(今でもほとんどの場合がそうかもしれませんが。)一方で、PPの手法は、個人や組織の特徴的な強みを見つけて深く掘り出し、徹底的に活用する事でゼロからプラス5へ、更にプラス10へ、と無限の可能性に挑戦するやり方です。従来の手法とは180度異なるため、風当たりが強かったのも当然の事と言えるでしょう。新しいものや異なるものを比較的受け入れやすい文化のアメリカでさえそうでしたので、日本では更に難しいだろうと思いました。予想通り、卒業後に私自身が日本で働いた時はチャレンジと逆カルチャーショックの連続でした。機会があればいずれ詳しく触れたいと思います。
そんな中でも、着実に、しかも予想以上に早いスピードで、 クラスメイトの職場や家庭においても、PPの応用は成果を結び始めたのです。成果の形としては、顧客との関係構築や社員のモチベーションアップ、職場の雰囲気が活発になった、毎日の仕事が楽しくなった、など、様々な形でその成果は現れていったのです。次号ではそんなクラスメイトたちのPP「応用」のエピソードや成功秘話をご紹介したいと思います。
(第6回に続く)
執筆者の紹介
神谷雪江
米・ペンシルベニア大学大学院 応用ポジティブ心理学修士課程(MAPP)第一期生。修了後は、日本で人事コンサルティング会社に勤務し、ポジティブ心理学の、組織・人事への応用に従事。2009年より米・ボストンに移り、グローバル人材の採用や翻訳業に従事。 強み診断ツール「Realise2」の翻訳にも携わる。