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#9 ポジティブサイコロジーの応用:育児編


 
さて、今回はポジティブサイコロジー応用の第二弾、「育児」編です。現在、私自身の最大の仕事が1歳児の「育児」であり、MAPPで学んだことが日々の育児生活の中でどのように役立っているか、について触れたいと思います。新米母のつたない経験談と育児論でお恥ずかしいですが、少しでもご参考いただければ幸いです。

親のポジティブ感情は子どもに伝染する



私自身、子どもと接する際に心がけていることの中に、「ポジティブ感情を共有すること」「笑顔で語りかけること」が挙げられます。小さな子どもにとっては特に、「母親がその子の全て」と言っても過言ではないでしょう。そんな母親の感情を子どもは敏感に察知すると思いますし、と同時に母親の感情から大きな影響を受けると思うからです。
 
ハーバード大学の研究によると、幸せな友人が一マイル(1.6㌔)以内に住んでいる場合に自分が幸せを感じる可能性は25%―。一方で、幸せな隣人がいる場合に自分が幸せを感じる可能性は34%― だそうです。身近にいる人の影響がいかに大きいかを示唆しているようです。子どもにとって最も身近な存在である母親ともなれば、その影響は計り知れません。更には、まだ母親の胎内にいる時から既に、子どもは母親の感情から大きな影響を受けているとも言われています。
 
反対に、母親のネガティブな感情も子どもに伝染してしまいます。親が感情に任せて子どもを叱ったり、イライラをぶちまけたりすると、子どもの気性が攻撃的になってしまう、というニューヨーク大学での研究結果もあります。そして、幼少期に身につけた気性は、成人後の人間関係にまで影響を及ぼすとのこと―。また、夫婦仲が子どもに与える影響についても様々な研究がなされており、オレゴン州立大学の研究によると、生後9か月の赤ちゃんの親の夫婦仲が悪いと、その赤ちゃんが生後18ヶ月の時点で不眠症になる可能性が高い、という事が分かったそうです。
 
いずれにしても、親(とりわけ母親)がポジティブな感情を持つこと、心穏やかで前向きであることが、子どもの幸せに大きく影響することは間違いなさそうです。たとえ、ポジティブでは到底いられないような時でも、せめてにっこり笑って語りかけてあげるだけでも、子どもは安心してくれるような気がします。
 

学ぶ楽しさの共有



地域の子どもたちにギター教室を開いているギターリストの友人がいます。彼の教室では「親子で一緒に参加」が必須。その理由は、子どもだけでは長続きしないケースが多いからだとか。学ぶ楽しさを親子で共有することの大切さに気づかされました。と同時に、やはり親自身が学ぶことの楽しさを体感し、身をもって示すことが、子どもに学ぶ楽しさを知ってもらうための最高の教科書ではないかと感じました。
 
アメリカで子育てをしていてありがたいなぁと思うことの一つに、市民図書館やオモチャ屋などで頻繁に開催される「Sing-along」(みんなで一緒に歌って踊る)があります。しかも嬉しいことにたいてい無料です。私自身も息子が2-3ヶ月の頃から毎週のように参加しているので、今ではすっかりアメリカの童謡も振付つきで歌えるようになりました(笑)。親子で一緒に学ぶことの楽しさを共有できるのは、素晴らしい事だと実感しています。
 
子どもの学びを支援する上で、最近は日本でも「褒めて育てる」タイプの親が増えてきたように思います。しかしながら、子どもの「何」を褒めるかによってその後の行動が大きく変わってしまうという事を知っている親はまだ少ないのではないでしょうか。スタンフォード大学のドゥウェック教授の有名な研究によれば、褒める時は努力やプロセスを褒めるべきであり、成果や能力を褒めるのは教育上逆効果になるそうです。例えば、「こんなことができるなんて〇〇ちゃんは天才!」「クラスで1番を取ったなんて、スゴイぞ!」などのセリフはどうでしょうか。親であれば一度は口にしてしまいそうなごく一般的なセリフですが、明らかに後者(成果や能力を褒めている)であり、避けるべきだという事になります。その理由は、成果や能力を褒められると、成果を出さなければ自分は価値がない、高い能力がある人間だと常に思われたい、と思うようになり、結果、失敗を伴うような難題にチャレンジすることを避けたり、自分の成長そのものよりも他者と比較してどうか、という点に関心を持つようになるからだそうです。反対に、努力やプロセスを褒められた子どもは、難題にチャレンジすることを楽しんだり、新しいことを学ぶことにより貪欲になる傾向が見られたそうです。褒める時は、「途中で諦めずに偉かったね!頑張ったかいがあったね!」「毎日努力してたのをお母さんは見てたよ!」など、努力やプロセスを評価するように私も心がけています。

子どもの「強み」を引き出し、輝かせる手助け



三つ子の魂百まで、と言われるように、幼少時代に何を育むか、はとても大切です。愛情たっぷりの土壌で育みたいものとして、自己肯定感、知的好奇心、しなやかで楽観的な思考、レジリエンスなど沢山ありますが、全てをひっくるめて、子どもが「生涯幸せに生きるための強さ」の基盤を養うことが最も大切なのではないかと感じます。そのためにも、親として、子どもの強みを引き出し、輝かせるための手助けができれば、と願っています。マーティ(セリグマン教授)も自身の子育て経験からの「気づき」として、自著「世界でひとつだけの幸せ」の中で触れていた通り、子どもが本来の強みを見つけて最大限に活かす生き方を学ぶことこそが、その子が満ち足りた幸せな人生を送るための最も確実な方法だからです。残念ながら、現在の学校教育では、基本的な学問や試験で点をとるためのスキルは学べても、幸せな人生を生きるためのスキルまでは充分に学べないことが多いでしょう。だからこそ、子どもの幸せを誰よりも願う親こそが、その全責任を担うべく最高の教育者だと思います。
 
子どもの個性を伸ばすために私自身が気を付けていることの一つは、子どもの「フロー体験」*を邪魔しないことです。
(*「フロー体験」とは、チクセントミハイ教授が「究極の集中状態」を定義した概念で、時間を忘れて何かに没頭し、疲れを感じるどころか最高の充足感を感じ、素晴らしい力を発揮することができます。)
 
例えば、お散歩中に道草をして立ち止まった子どもが、急いでいる親の気も知らず時間が止まったかのように何かに没頭している・・・なんていう経験はありませんか?(我が家では日常茶飯事です。)そんな、子どもの遊びに没頭する時間を「フロー体験」と呼べるのかどうかは分かりませんが、よく似ているような気がします。そんな時、急かしたくなる気持ちをぐっとこらえて、自分の勝手な都合で子どもの貴重な「フロー体験」を邪魔しないようにしています。こんな時は、下手に口を出したり、干渉するよりも、側でそっと見守る方がいい場合も多いのではないかと思うのです。(もちろん、時間的に難しいこともありますが。)少なくとも、子どもはそこから多くの学びや発見があるはずですし、今、子どもが何に熱中し、どんなことを楽しいと感じているか、を知れるきっかけにもなります。
 
また、子どもの強みや個性が一人一人違う以上、しつけの仕方も千差万別であって当然でしょう。2011年に児童心理学詩に発表された研究によると、「子どもの個性に応じてしつけをする方が、画一的なしつけをするよりも、子どもの気持ちが安定しやすい」のだそうです。子育て理論はちまたに溢れており、与えられた画一的なマニュアルに当てはめて実践する方がよっぽど楽かもしれませんが、それらの情報に振り回されないことも大切です。自分の子どもの個性や成長度合いを見極め、その子に合った関わり方、しつけの仕方を身につけたいものです。
 
以上、新米母のつたない子育て論にお付き合いいただきましたが(笑)、ポジティブサイコロジーがもっともっと多くのお母さんに知られ、活用されればいいなと心から願っています。子どもの幸せのカギを握るのは、やはり最も身近な親、とりわけお母さんだと思うので、育児に奮闘するお母さんたちへのエールを込めてご紹介させていただきました。
 
(第10回に続く)

2014年10月25日

執筆者の紹介

神谷雪江
米・ペンシルベニア大学大学院 応用ポジティブ心理学修士課程(MAPP)第一期生。修了後は、日本で人事コンサルティング会社に勤務し、ポジティブ心理学の、組織・人事への応用に従事。2009年より米・ボストンに移り、グローバル人材の採用や翻訳業に従事。 強み診断ツール「Realise2」の翻訳にも携わる。