【要約】ネガティブな感情が成功を呼ぶ

原題: The Upside of Your Dark Side
トッド・カシュダン、ロバート・ビスワス=ディーナー(著) 高橋由紀子(訳)
 

■幸福は「ホールネス(全体性)」 に宿る

 
今回ご紹介する本は、ディーナー博士とカシュダン博士の新刊「ネガティブな感情が成功を呼ぶ」です。タイトルだけ読むと、本当にポジティブ心理学の本なのか?と思ってしまいそうですが、著者は幸福学研究において著名な正真正銘のポジティブ心理学研究者です。
 
ネガティブな感情は、これまでの主流な幸福学研究においていわば「悪者」扱いも同然でした。博士は、あらゆるネガティブ感情を排除してポジティブ感情で満たすことが幸福、というような昨今の偏った風潮を危惧すると同時に、それらのネガティブな感情にも重要な意味があることを実証しています。
 
そして、本書の一大テーマである「ホールネス(全体性)」という新しい考え方を提唱しています。「ホールネス」とは、自分の人格のあらゆる部分——ポジティブとネガティブな部分、強さと弱さ、成功と失敗——に心を開いてそれを受け入れ、あらゆる感情をうまく活用しながら人生の出来事に効果的に対応できる状態です。いわゆる「幸福」そのものとは異なるものの、結果として幸福になるという副作用を持ち、「ホールネス」を身につけることこそが真に目指すべきゴールだと述べています。
 

■ネガティブ感情の有益性 

 
「私たちがふつうネガティブなものと捉えている感情も、ポジティブ感情以上に役に立つことがある。」ネガティブ感情の有益性について、博士はこのように述べています。
 
例えば、「創造性」に関する研究において、ネガティブ感情とポジティブ感情の両方を経験した人たちの出したアイデアと、ずっと幸福だった人たちの出したアイデアを比較したところ、前者の方が約10パーセントも創造性において優れているという結果が出ています。
 
また、「怒り」の感情については、「怒りは楽観性、創造性、行動の効率を高めるとしており、怒りを表現すると、交渉を成功させやすく、人々を動かして状況に変化を起こすことができる」という事が多くの研究から実証されているそうです。
 
更に、怒りの感情は、可能性の限界まで試そうという闘争心を生じさせる効果もあるそうです。スポーツ選手が自分を怒らせて気合いを入れる、というのもまさに「怒り」という一般的にはネガティブと捉えられる感情の有効的な活用ということになります。
 
他にも、「罪悪感」や「不安」などの代表的なネガティブ感情についても、その有益性が様々な研究によって明らかになっているそうです。博士はこれを「20パーセントのネガティブ優位性」と呼び、以下のように結論づけています。
 
「ホールネスを持つ人とは、約80パーセントの時間はポジティビティを感じ、残りの20パーセントの時間はネガティビティを有益に使える人のことだ。」
 

■ 幸福の罠

 
昨今の「幸福ブーム」の行き過ぎは、まるでポジティブになることやネガティブを避けて生きる生き方を人生の目標にすることを助長しているようだと危惧して、「ポジティブになろう、ネガティブを避けようと必死に頑張ることは無益なだけでなく、自分を取り巻く世界に見出せるはずの喜びや関心や意味が、見えなくなってしまう」と博士は注意を喚起しています。その上で、幸福な感情に潜む落とし穴について、研究から分かった以下のことを紹介しています。
 
1.幸福は、長期的成功の妨げになりうる
2.幸福を追求したことがかえって逆効果を生み、不幸になることがある
3.ネガティブ感情を持つ方がいい場合がある
4.ほかの人が幸せそうだと、自分のやっていることに身が入らない
 
幸福も場合によっては害がある、というあまり注目されないこれらの現実を踏まえ、幸福になりたいと頭で考えて追求するよりも、身を入れて人生を生きることが大切だと博士は訴えています。
 
「幸福はもういいから、やるべきことをやれ。」とは、ピーター・ドラッカーがかつて少々皮肉を込めて言ったセリフだそうですが、まさに博士の気持ちを代弁していると言います。


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■ 「マインドフルネス」にとらわれない

 
幸福ブームに連なって、スポーツ界やビジネス界でも今や大流行の「マインドフルネス(意識的な気づきの状態)」についても博士は同様に注意を喚起しています。
 
人が多くの時間を「マインドレス(集中していない状態)」でいるように進化したのには大きな意味があり、そのお陰で情報処理能力を高めることができたと述べています。
 
ある英国企業を対象に行なわれた研究で、社員の最も創造的なアイデアがどこでひらめいたかを調査した結果、1位は「通勤途中」だったそうです。続いて、シャワーやお風呂の最中、芝刈り中、皿洗い中、ジョギング中、犬の散歩中などが上位に入り、誕生の場所が「オフィス」ではない事が明らかだったそうです。同様に、歴史上の偉大な創造的アイデアの多くもマインドレスな状態から生まれたと言われています。
 
他の研究では、国家の重大問題に関する文書にいたずら書きをしていた大統領は、いたずら書きをしなかった大統領よりも、その時に起きたことを明確に覚えていた、という事が分かったそうです。
 
更に、静かな音楽を流すと冷静さと集中力を長時間維持できるという事も、多くの研究から明らかになっているそうです。大事な授業や会議中のいたずら書きや静かなバックミュージックを、教師や親や経営者はつい辞めさせてしまいがちですが、マインドレスな状態を促し集中力を高めてくれるこれらの行為を時には奨励するべきだと博士は結論づけています。
 
成功者とは、ネガティビティを経験しない人のことを言うのではなく、どんなネガティブな感情や状況もうまく活用しながら、結果、全てをポジティブの方向に転換していける人のことを言うのだということを本書を通して博士は教えてくれています。
 
 

目次

イントロダクション どんな感情にも意味がある
第1章 幸福を求めるほど不安になるのはなぜ?
第2章 快適な生活がもたらしたもの
第3章 嫌な気分にはメリットがある
第4章 ポジティブな感情には落とし穴がある
第5章 マインドフルネスにとらわれるな
第6章 ネガティブな感情を反転する
第7章 ありのままの自分とつきあう
謝辞
 

2015年8月

 

神谷雪江(Masters of Applied Positive Psychology修了)

執筆者の紹介

神谷雪江
米・ペンシルベニア大学大学院 応用ポジティブ心理学修士課程(MAPP)第一期生。修了後は、日本で人事コンサルティング会社に勤務し、ポジティブ心理学の、組織・人事への応用に従事。2009年より米・ボストンに移り、グローバル人材の採用や翻訳業に従事。 強み診断ツール「Realise2」の翻訳にも携わる。


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