レジリエンスに関心ある方に推薦
ポジティブ心理学が1冊でわかる本
■ポジティブ心理学を俯瞰的に解説した入門書
今回ご紹介するのは、欧州でのポジティブ心理学の第一人者イローナ・ボニウェル博士の新刊です。
原題:「Positive Psychology in a Nutshell. The Science of happiness」
まさに日本語のタイトルどおり、今のポジティブ心理学の全体像が丸1冊で分かってしまうという大変ありがたい入門書です。私が知る限り、ポジティブ心理学を最も俯瞰的かつ客観的に解説した本だと思います。
ポジティブ心理学の歴史的起源をたどり、改めてポジティブ心理学とは何か?を解説しています。これまでの主な研究テーマの概要はもちろんの事、実証済みの応用法と効果は期待できるものの検証はまだ不十分な応用法、コーチングをはじめとするポジティブ心理学の対個人への実践法、ポジティブ心理学の現状と未来予測、功績、更には問題点についても、可能な限り客観的な視点でまとめられています。
原書においては初版の刊行から6年を経て第3版目となる今回の内容では、前回の書評で取り上げた「レジリエンス」や「マインドセット」についても新たに加わっています。
読者の皆さんの中には、「ポジティブ心理学?へぇ〜面白そう。何かおすすめの本ある?」とよく聞かれる方も多いのではないでしょうか。そんな時、全体像を知るための入門書としておすすめするには最適な本だと思います。(博士がこの本を書こうと思った理由も、まさにそういう一冊が必要だったからだそうです。)
一方で、日本でも少しずつその名が一般的に知られるようになってはきたとは言え、「要はポジティブでいればいいんでしょ?」といった誤解や、「強み?希望?(クスッ。)」というような冷笑がまだまだ存在しているのも事実ではないでしょうか。そんな誤解や偏見を払拭し、ポジティブ心理学の「正しい」認識(良い点も課題点も含め)を広める意味でも、多くの人に読まれるべき1冊と言えるでしょう。
■改めて、ポジティブ心理学とは何か?
ポジティブ心理学の定義は色々とありますが、博士は以下のように定義しています。
ポジティブ心理学とは「人間の生活におけるポジティブな側面、つまり、幸福やウェルビーイング(よい生き方、心身ともに健康な生き方)、繁栄について研究する学問」であり、ポジティブ心理学がめざすのは「幸福感、フロー、強み、知恵、創造性、精神的健康、ポジティブな集団や組織の特徴といった事柄に対して、信頼できる実証的研究を提供すること」だと述べています。
その幅広い研究領域においては様々なテーマが扱われていますが、博士は大きく以下の3つの階層に分けて解説しています。
・主観的階層・・・「よい気分」を感じるような主観的でポジティブな体験について(喜び、ウェルビーイング、満足感、充実感、幸福感、楽観生、フローなど)
・個人的階層・・・「よい人生」「よい人間」に必要な要素や個人的資質について(人間の強みや美徳、未来志向生、愛する能力、勇気、忍耐、許し、独創性、知恵、対人スキル、天才生など)
・社会的階層・・・個人を越えた、より大きなもののために起こすポジティブな行動について(道徳、社会的責任、教育、利他主義、礼節、寛容、労働倫理、ポジティブ組織など)
本書では主に最初の2つの階層に属する一つ一つのテーマについてまとめられています。(社会的階層については第14章で述べられています。)
■ポジティブ心理学のルーツ
(ポジティブ心理学は本当に画期的で新しい学問なのか?)
ポジティブ心理学は創始者マーティン・セリグマンが1998年に提唱して以来急速に発展した、心理学の中ではまだまだ新しい分野の学問です。とはいえ、そのアイディアの起源をたどると、古代ギリシャ哲学の思想にまでさかのぼり、東洋のヒンドゥー教や仏教哲学からも影響を受けています。実際に、セリグマン博士とピーターソン博士を中心に、これらの古代思想書や哲学書を読みあさり、その中から人格の強みとなりうる数百もの候補をあげた中から普遍的な強みだけに絞り込むという手探りの作業の中から生まれたのが、強み指標の「VIA」です。(VIAについては本書の中でも詳しく解説されています。)
ボニウェル博士が更に、1950年代〜70年代に栄えた「人間性心理学」の運動についても言及しています。個人の成長や真我、自己実現などに焦点が置かれた「人間性心理学」は、ポジティブ心理学の研究テーマとよく似ているからです。実際に「ポジティブ心理学」という言葉を初めて使用したのも、人間性心理学者の一人アブラハム・マズローだそうです。しかしながら、人間性心理学は科学的手法ではなく質的な分析を用いたのに対し、ポジティブ心理学は「主流の科学的な枠組みを尊重」しており、用いる手段の点で二つは大きく異なります。
多くのポジティブ心理学者達が、ポジティブ心理学を「革新的で先進的な学問」と唱えている事に対し、博士は疑問を投げかけています。私がMAPPで実際に学んだセリグマン、ピーターソン、ディーナー博士をはじめとしたポジティブ心理学の重鎮達は、歴史的ルーツについて授業でもよく言及していましたし、むしろ先人の知恵から学ぼうという姿勢が感じられました。ですが、今では世界中で多くのポジティブ心理学者が様々な流れを作っており、その中で博士の指摘するようなこと(先人の功績を無視したり、同じ研究を繰り返したりという事)が当然のように行なわれてしまえば、ポジティブ心理学の存在価値が薄れてしまうのは事実でしょう。
(これは私の勝手な推測ですが、ポジティブ心理学が一般大衆にうけている事を利用して出版社やメディアが積極的な売り込みを行なう中でそのような印象が持たれてしまう事もあるのかもしれません。実際に、その他のポジティブ心理学書籍と同様、本書の帯にも「実験結果に基づいて人生を豊かにする画期的心理学!!!」と大きく記載があるのです・・・。)
その上で、先人の知恵から学んできた人間の強みや美徳、人間がより幸福に生きるための要素を「科学的手法によって」データで表すという初めての試みはやはり先進的と言えるでしょう。
■ ポジティブ心理学の研究テーマ
本書の大半は、これまでポジティブ心理学が取り組んできた主な研究概要をまとめた内容です。詳しくはここでは触れませんが、主なテーマは以下の通りです:
ポジティブ感情とネガティブ感情、楽観主義と希望、フロー、主観的ウェルビーイング、ユーダイモニックな幸福とヘドニックな幸福、価値観、モチベーション、人生の目的、時間的視野、心的外傷後成長(PTG)、ポジティブ・エイジング、選択肢と幸福の関係、強み、愛など
博士は本書の中でこれら一つ一つのテーマについて解説しています。
最後に、ポジティブ心理学の必要性について博士が本書の中で述べている言葉がとても印象的だったのでご紹介します。
「今こそ、強みや才能、あらゆる意味での優れた成果、自己を改善する最適な方法や手段、充実した仕事や人間関係、そしてこの惑星のあらゆる場所で営まれている普通の暮らしという偉大な芸術について、知識を集約する時なのではないでしょうか。」(p.27-28)
「普通の暮らしという偉大な芸術」をより美しく、より価値的なものにするために、ポジティブ心理学が更に発展し続けて、正しく応用されていくことを願います。
目次
第1章 ポジティブ心理学とは何か?
ポジティブ心理学の3つの階層
なぜポジティブ心理学が必要なのか?
ポジティブ心理学の歴史的起源―—私たちは同じことを無駄にやり直しているだけではないのか?
第2章 感情と「あなた」
ポジティブ感情の価値
ネガティブ感情がもたらすポジティブな影響——大切なものを捨ててしまわないように
EQ——こころの知能指数
第3章 楽観主義と希望
楽観主義者と悲観主義者について
楽観主義者になるとよい点
楽観主義は習得可能か
悲観主義者になるとよい点
では、現実主義はどうなのか
あるテスト
希望はあるのか
第4章 フローを生きる
フローを起こすには
フローの危険性
フロー以外の最適経験
第5章 幸福と主観的ウェルビーイング
幸福の歴史
誰が幸福なのか
誰が幸福ではないのか
なぜ幸福になるとよいのか
人生の満足度に関するテスト
幸福とは本当は何なのか―—主観的ウェルビーイングの科学
主観的ウェルビーイング=人生の満足度+感情
現実問題として、幸福度を高めることは可能か
幸福に重要なものと、そうでないもの
幸福と人間性
幸福と人間関係
幸福に関する興味深い事実
第6章 ユーダイモニックな幸福 幸福は必要条件なのか?充分条件なのか?
幸福に近づく道に関して
ヘドニックな幸福に代わるもの
ユーダイモニア理論の下にあるものとは
自己決定理論(SDT)
他のユーダイモニック理論
個人的発達
超越
最後にもう1つだけ
第7章 価値観、モチベーション、人生の目的
価値観
モチベーション
人生の目的
どのような目的がよいのか?
第8章 時間と人生
時間的視野
時間的視野と、幸福という究極の目標
時間を上手に使うには
第9章 心的外傷後成長(PTG)とポジティブ・エイジング
逆境に対処するには
知恵
ポジティブ・エイジング(明るく歳を重ねる)
第10章 選択肢の多い時代を生き抜く
選択肢の過多に対して、人はどんなふうに対応するか
何ができるのか
第11章 「強み」を活かす
「強み」の価値
VIA(強み指標)
ギャラップ社のストレングスファインダー
CAPP社のリアライズ2
強みを伸ばすのが本当にいいのか?
第12章 愛
愛のモデル
愛と時間
第13章 ポジティブ心理学を暮らしに活かすには
実証済みの介入法
検証されていない介入法
第14章 もっと専門的に知りたい方に
ポジティブ心理学と対個人への実践法
ポジティブ心理学と教育
ポジティブ心理学とビジネス
第15章 ポジティブ心理学の未来
ポジティブ心理学の現状
ポジティブ心理学の功績
ポジティブ心理学の問題点
将来、待ち受けているものは・・・
参考文献
インターネットリソース
日本のポジティブ心理学関連団体
執筆者の紹介
神谷雪江
米・ペンシルベニア大学大学院 応用ポジティブ心理学修士課程(MAPP)第一期生。修了後は、日本で人事コンサルティング会社に勤務し、ポジティブ心理学の、組織・人事への応用に従事。2009年より米・ボストンに移り、グローバル人材の採用や翻訳業に従事。 強み診断ツール「Realise2」の翻訳にも携わる。