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【書評】
ポジティブ心理学の挑戦
〜 “幸福"から“持続的幸福”へ〜

マーティン・セリグマン(著) 宇野カオリ(訳)

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■「幸せ」の追求を越えて、「ずっと続く幸せ」をとことん追求した一冊

今回は、ポジティブ心理学の父、マーティン・セリグマン博士の注目の新作「ポジティブ心理学の挑戦」をご紹介したいと思います。前著「世界でひとつだけの幸せ」以降10年間でのポジティブ心理学の進歩には目を見張るものがあります。最先端の研究と応用から知られざるポジティブ心理学の歴史まで、ポジティブ心理学の全貌が明らかにされた必読書であると思います。

■「幸福理論」から「ウェルビーイング理論」への発展

従来のポジティブ心理学(といっても歴史はまだ浅いのですが)の主なテーマは「幸せ」でした。その「幸せ」を決定づけるものは「人生の満足度」であるとして、「人生の満足度」を可能な限り高める事を目標としてきたのが従来のポジティブ心理学でした。(幸福理論)
(世界的ベストセラーにもなった前著「世界でひとつだけの幸せ」は、まさに「幸せ」を追求したポジティブ心理学研究の集大成と言えるでしょう。)

しかし、本書においてセリグマン博士は、ポジティブ心理学の本当のテーマは「ウェルビーイング」であると述べています。主な違いとして、「ウェルビーイング」は「幸せ」のように一時的な感情や気分に左右されるものではなく、多次元的でもっと本質的な概念だと説明しています。(ウェルビーイング理論)

ポジティブ感情度が比較的低いとされている私たち日本人は、「世界の幸福度ランキング」などでは常に下の方にランクされてしまいますが、「ポジティブ感情度が低い」=(イコール)「ものすごく不幸」というのはあまりに短絡的で間違っているという事実がウェルビーイング理論によってようやく証明されたような気がします。

■「ウェルビーイング」の五つの構成要素

ウェルビーイング理論は以下の五つの要素(いずれも測定可能)で構成されており、頭文字を取って「PERMA」(パーマ)と表されます。(従来の幸福理論に更に二つの要素(関係性と達成)が付け加えられています。)
Positive Emotion(ポジティブ感情)
Engagement(エンゲージメント)
Relationships(関係性)
Meaning(意味・意義)
Achievement(達成)

これらの五つの要素を改善する事によって、持続的な幸福(Flourishing)の実現が可能であるとセリグマン博士は述べています。

■ ミクロ、マクロレベルでの応用事例

ポジティブ心理学は既に様々な場面で応用されており、本書でも沢山の応用事例を紹介しています。個人レベルでは、「感謝の訪問」や「うまくいったことエクササイズ」などが、少なくともある一定期間以上において、ウェルビーイング度の向上に効果がある事が実証済みです。

臨床現場においても、ポジティブサイコセラピーが抑うつ患者の治療に効果的であったという症例が数多く報告されている事から、今後の更なる応用が期待されています。従来の治療法(主に認知療法などのサイコセラピーと薬)は一時的な症状緩和はできても根本的解決にはつながらないとして、博士は従来の治療法のみに頼り続けることへの警鐘を鳴らしています。患者の「ウェルビーイング」を高め、自己自身を強化させ、病気とうまくつき合う生き方を教える事こそが根本的な解決の道だと述べ、治療と予防に向けての新たなアプローチを提示しています。

幸福理論の応用が主に個人レベル、あるいは医療への応用であったのに対し、ウェルビーイング理論は、公共政策や学校教育などへの関与を通じて、よりダイナミックに社会全体の持続的幸福の実現に向けて応用され始めています。ペン・レジリエンシー・プログラム(PRP)やアーミー・ストロング、オーストラリアでの一大教育プロジェクトとして知られるジーロン・グラマー・スクール・プロジェクトなど、代表的な介入事例を本書で詳しく紹介しています。

■ 楽観主義と現実主義

ポジティブシンキングを信奉するエグゼクティブコーチもいれば、楽観主義は現実主義と相反するものだとしてポジティブシンキングを徹底的に避難する学者もいます。セリグマン博士は、そのどちらも重要だと述べ、楽観主義が現実に影響を及ぼす場合(例えば、株価や市場価値は人の期待や認識によって大きく影響される)は楽観主義を支持し、楽観主義が現実に影響を及ぼさない場合(天候など)は現実主義を支持すると述べています。

「頭は現実主義で、心は理想主義で」というのは私が高校時代に恩師から受けたアドバイスですが、まさに博士の見解と一致しているのではないでしょうか。

博士は更に、楽観主義を味方につけるべき大切な場面として「結婚生活」を挙げています。研究によると、配偶者同士が互いに自分の配偶者の事を、他者からの視点と比べて「ポジティブ」に見ている夫婦(つまり、良い意味で相手に幻想を抱いた夫婦)ほど、良好な結婚生活を送っているそうです。その理由は、「相手の幻想を察知し、それに応えようと努力するから」だとして、結婚生活においては楽観主義が愛情を育むと結論づけています。

私自身、結婚に際して父親から「恋愛中は両目を見開いて相手をよく見て、結婚してからは片目をつぶるくらいがちょうど良い」と言われましたが、相手に勝手な幻想を抱いて、結果その通りに行動させてしまう、というのは更に強力なアドバイスだと納得しています。

■ お金と幸福の関係

お金と幸福の関係については、これまでも多くの研究がなされてきました。「お金があればもっと幸せになれるはずだ」というのはもはや「錯覚」である事は既に明らかと言えるでしょう。また、お金で「商品」を買うことよりも、「経験」を買うことの方が多くのウェルビーイングをもたらすという事も、複数の研究で繰り返し確認されているそうです。

しかしながら、これらの研究結果が現実社会にはうまく活かされていない事について、博士は改めて問題提起しています。
離婚や交通事故、精神安定剤の服用者が増えれば増える程、GDPは増大します。にも関わらず、経済学の定説は今も昔も変わらず「国の繁栄度=GDP」であり、国の政策のほとんどは「GDPを増大するため」(国民の幸福やウェルビ―イングを増やすためではなく)の取り組みです。

学校教育においても同じことが言えます。「自分の子供に何を最も望みますか?」という問いに対して、ほぼ例外なく「幸せな人生を送ることです」という答えが返ってくるのに対して、学校教育で主に教えてくれることは、幸せな人生を送るために必要な知識や能力ではなく、有名大学に入るため、将来お金を稼ぐため、社会で成功するための教育です。

■ ポジティブ心理学の挑戦

博士は、これらの私たちが直面する多くの矛盾に真っ向から立ち向かい、本当に取り組むべき人類の究極なテーマを問いかけています。

私たちが本当に目指すべき幸福とは?
そのために個人が、親が、教育者が、国が、社会が取り組むべき最優先課題とは何か?

そして、そのための具体的で実践的な方法を科学的に解明しようと試みているのが、まさに今のポジティブ心理学と言えるでしょう。それこそが、博士の言う「ポジティブ心理学の挑戦」ではないでしょうか。


目次
序文
第1部 新・ポジティブ心理学 
 第1章 ウェルビーイングとは何か?  
     新しい理論の誕生
     最初の理論:幸福理論
     幸福理論からウェルビーイング理論へ
     ウェルビーイング理論とは
     ウェルビーイングの五つの要素
     ウェルビーイング理論のまとめ

    ポジティブ心理学の目標としての持続的幸福
 第2章 幸せを創造する―—ポジティブ心理学エクササイズ  
     感謝の訪問
     ウェルビーイングは変えられるか?
     うまくいったことエクササイズ
     ポジティブ心理学の介入と事例
     特徴的強みエクササイズ
     ポジティブサイコセラピー
 第3章 薬とセラピーの“ばつの悪い秘密”  
     治療vs症状緩和
     65パーセントの障壁
     積極的—建設的反応(ACR)
     ネガティブな感情とつき合う
     治療への新たなアプローチ
     応用心理学vs基礎心理学——問題vs永遠の謎
     ウィトゲンシュタイン、ポパー、ペンシルベニア大学
 第4章 ペンシルベニア大学MAPPプログラム 
     MAPPの魔法の成分
     1年目のMAPP
     応用ポジティブ心理学の授業
     個人的・職業的な変容
     変容すること
     ポジティブ心理学という天職
 第5章 ポジティブ教育——学校でウェルビーイングを教える  
     ウェルビーイングを学校で教えるべきか?
     ペン・レジリエンシー・プログラム(PRP)
     ジーロン・グラマー・スクール・プロジェクト
     ポジティブ・コンピューティング
     繁栄に関する新しい指標
第2部 持続的幸福への道 
 第6章 知性に関する新理論——根気、徳性、達成
     成功と知性
     ポジティブな徳性
     知性とは何か
     根気の利点
     成功の要素を強化する  
 第7章 アーミー・ストロング―—総合的兵士健康度プログラム
     心理的健康度の高い陸軍
     グローバル・アセスメント・ツール(GAT)
     オンライン講座
 第8章 トラウマを成長に変える 
     心的外傷後ストレス障害 
     心的外傷後成長(PTG)
     心的外傷後成長に関する講座
     マスター・レジリエンス・トレーニング(MRT)
     実施計画
 第9章 ポジティブヘルス―—楽観性の生物学
     医療を覆す
     学習性無力感理論の起源
     心血管疾患(CVD)
     感染症
     ガンと全死因死亡
     ウェルビーイングの因果関係と身体への影響
     ポジティブヘルス
     心血管の健康資産
     健康資産としての運動
 第10章 ウェルビーイングの政治学・経済学
     お金を越えて
     GDP とウェルビーイングの相違
     経済不況
     PERMA51

     付録 強みテスト(簡略版VIA)

2015年1月
神谷雪江(Masters of Applied Positive Psychology修了)


執筆者:神谷雪江(かみや ゆきえ)


米・ペンシルベニア大学大学院 応用ポジティブ心理学修士課程(MAPP)第一期生。修了後は、日本で人事コンサルティング会社に勤務し、ポジティブ心理学の、組織・人事への応用に従事。2009年より米・ボストンに移り、グローバル人材の採用や翻訳業に従事。 強み診断ツール「Realise2」の翻訳にも携わる。