チクセントミハイのフロー理論

要約:フロー体験とグッドビジネス

ミハイ・チクセントミハイ(著)大森 弘(監訳)
 

フロー理論とその人生・キャリア・組織への応用がわかる良書


著者のミハイ・チクセントミハイ博士は、ポジティブ心理学の創始者の一人で、その初期にマーティン・セリグマン教授と共同執筆した「Positive psychology: an introduction」という名の論文は、ポジティブ心理学の中で最も多く引用されているものの一つとなっています。
 
ハンガリー出身のチクセントミハイ博士は、おそらく国内ではポジティブ心理学よりも知名度が高い「フロー理論」の開発者として有名で、米・シカゴ大学の教授職を退官後は、米・クレアモント大学院大学に招聘され、世界で初めてのポジティブ心理学の博士課程を開設しています。所属はクレアモント大学院の「ピーター・ドラッカー・スクール・オブ・マネジメント」の心理学部であり、かの有名な経営学者のピーター・ドラッカーも本書に対しては「幸福と達成の心理学の基本書である」と賛辞を送っていたそうです(本書の訳者あとがきによる)
 
(ちなみにドラッカーは、オーストリアの生まれです。チクセントミハイ博士の母国であるハンガリーとは、第一次世界大戦前まではオーストリア=ハンガリー帝国として中欧を統治していたこともあり、親しみを感じられたと予想されます)
 
チクセントミハイ博士は、他の米国の心理学者とは異なる独自の視点をもっているように思われます。その背景には、第二次世界大戦後に荒廃した祖国ハンガリーで立ちすくむ、戦争で仕事や家などの拠り所を失い「生きる希望」をなくしてしまった大人達の姿を見て、「何が人生を生きるに価するものとするか」という深い疑問をもった十代の実体験があるのでしょう。(詳しくはTEDビデオを参照)
 
また、若い頃に偶然に出会ったスイスの心理学者カール・グスタフ・ユングの思想に影響を受けたことがあると思われます。ユング心理学は、日本では河合隼雄先生の啓蒙活動により早くから受け入れられている感がありますが、フロイトの精神分析派とワトソンらの行動主義者が多勢を占めたアメリカでは、受容され始めたのはまだ最近のことのようです。(未だに、オカルト的な側面に焦点を当てたユング思想が国内外で広がっています)しかしながら、「フロー体験による心的エネルギーの保存」といった考え方は、ユング的な考え方だと思われます。
 
フロー理論の考えは、禅的な思想をもつ日本人には非常に相性が良かったこともあり、さらにはチクセントミハイ博士の著書が多く翻訳されていることもあり、国内ではかなり浸透しています。ただ、「フロー」と名前がついていながら、実際はフロー研究とは異なる内容がうたわれた書籍やプログラムもあるようで、注意が必要だと思われます。その意味では、チクセントミハイ博士の著作の翻訳か、博士に直接師事して研究をされた浅川希代志先生のような方が書いた書籍や論文、記事が信頼のおける情報として参考になるでしょう。
 
本書は、数あるフロー関係の本の中でも、副題にある「仕事と生きがい」をテーマとしてまとめられた本です。原書のタイトル(Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning」にあるように、フロー研究をいかにリーダーシップ開発や意義ある仕事に応用するかについて、具体的なインタビューを含めながら書かれています。
 
第一部は「フローと幸福」。まさにポジティブ心理学におけるフロー研究のまとめ的な内容です。チクセントミハイ博士のフロー理論の研究内容は、年代を追ってわずかながら進化しているように思えます。本書の原書が出版されたのは2004年ですが、国内で翻訳されている博士の書籍の中では最も新しいものですので、この第一部を読めばより最新のフロー研究の内容を効率的に理解することが可能だとも言えます。ポジティブ心理学を学ぶ意欲があり、「いい人生」を求めている人は、第一部だけを読むことで充分かもしれません。
 
ただ、私は第二部と第三部がお気に入りです。なぜならば、フロー研究をどのように組織や職場に活かすか、さらにはフローを活かしたリーダーシップの育成について言及されているからです。
 
ですので、本書はビジネスに関わりながらポジティブ心理学に興味をもった方にとくにお勧めします。チクセントミハイ博士の文章は、まるで流れるような「フロー式文体」ですので、すらすらと読めるでしょう。

目次



目次
第1部 フローと幸福
未来を導く
幸福のビジネス
行動における幸福
フローと成長
第2部 フローと組織
仕事でフローが起こらない理由
組織におけるフローの形成
第3部 フローと自己
ビジネスの魂
人生におけるフローの創造
ビジネスの将来


 

久世 浩司(ポジティブサイコロジースクール 代表)

フロー理論をより深く学ぶなら

 
フロー理論、フロー体験に関する書籍は、さまざまなものがあります。
その中でも、フロー理論の創始者であるミハイ・チクセントミハイ博士の翻訳書、またはチクセントミハイ博士に直接師事された浅川希洋志先生の著書が、より正しく本質的な理解ができるためおすすめです。

フロー体験入門
楽しみと創造の心理学


フロー体験
喜びの現象学


フロー理論の展開


フロー理論にもとづく「学びひたる」授業の創造―充実感をともなう楽しさと最適発達への挑戦