【要約】LESS IS MORE 

本田直之・著
 

幸福度トップの国で幸せについて取材


 
 本田直之さんの最新作(発行:2012年6月)だ。
 
 効率的な仕事術、そして最近では住む場所に縛られずに働く場所を自由に選択する「ノマド」と言われるワーク&ライフスタイルを提唱する本田さんだが、「幸せ」について執筆されたのは意外だった。
 
 そしてこの本を書くために、デンマーク、スウェーデン、フィンランドで取材をしている。この北欧3カ国はポジティブ心理学に興味のある人であればご存知の通り、国家の幸福度ランキングで上位の常連国だ。どんな話が聞けたのか、私も興味津々でこの本を買う動機付けとなった。本田さんの本は、シンプルな文章とロジカルな構成でストレスなし読むことができるというのももう一つの理由だ。「気軽に読めるビジネス書」というのは、日本独自のジャンルだと思う。

「モノ」を答えない北欧人



 北欧の人々の言葉はおもしろい。個性があり価値観がある。明確な自分の意見をもっている。おそらく学校でしっかりと教育されてきたからだろう。他の人の目を気にすることなく、自分のオピニオンをクリアに主張する。本書にも関心を惹かれる言葉が多くあった。
 
 とくに興味深かったのが「欲しいものはありますか?」という問いの答えだ。

「子どもたちが安定したいい将来を送ってほしい。給料がもう少し上がってほしいとか、大きな家が欲しいとか、いい車が欲しいとか、そういうことのために仕事をしているわけじゃない」
トーマス・フロストさん/デンマーク/ウェブデザイン会社勤務
 
「欲しがり始めるとなんでもかんでも欲しくなってしまうけれど……。家族がずっと健康であってほしい。また、自分の仕事がもっと前進できればと思います」
アルト・トゥルネンさん/フィンランド/「ノキア」勤務
 
「モノは全然浮かんでこないんです。もっと自分の技術を磨いていって、いい作家になりたいですね」
テーム・マンニネンさん/作家・翻訳家/フィンランド

 
 
 「物質主義者」、つまりお金そのものやモノ、とくに贅沢品や自分のステイタスを上げるブランド品を欲する人は、金銭的に裕福でも幸福度が低い傾向にあることがでわかっている。モノによる満足度は長続きしないため常に不満であることが多く、ウェルビーイングが低くなりがちだからだ。
 
 幸せ経済社会研究所所長で環境ジャーナリストの枝廣淳子さんは、この心理状態を「幸せの脱物質化」と言う。日本でも東日本大震災以降に加速している新しい価値観だと言う。たしかに最近の日本の若者はあまりモノを買わなくなったという。自動車がよい例で、車を所有するよりも電車を活用したりカーシェアリングを利用する人が増えているという。「私が欲しいものは5C(現金、クレジットカード、車、コンドミニアム、キャリア)です」と答えるシンガポールの若者とは大違いだ。携帯にお金は使うが、物欲が減っている。
 
 自動車と言えば、昔、私の好きなCMで日産セレナの「モノより思い出」というキャンペーンがあった。ポジティブ感情を喚起させながら1BOXカーのセレナという「モノ」を売るという高等戦術(?)だが、心理学的には的を得ている。自分のためにモノを買うよりも、家族や友人との思い出作りのためにお金を使ったほうが、幸福感が高まるからだ。
 
 北欧の人は、旅をすることが大好きだ。旅をプランニングするときは、ワクワクする。ポジティブな期待感が形成されるからだ。旅の間は、形に残らなくても、思い出が記憶に残る。精神的な充足感が得られる。旅の後には、写真を眺めながら、ポジティブな記憶を反芻することで幸せな気分になれる。旅は賢いお金の使い方だと思う。

チャレンジングで達成感や成長を得られる仕事



 二つ目に興味を感じたのが、北欧の人々の仕事に対しての真剣度の高さだ。
 
 所得税が50%以上、消費税は25%のこれらの国で働く人は、高収入を主目的として仕事をしているとは思えない。そのほとんどが国にもってかれてしまうからだ。もし収入を優先するのであれば、近隣の税率の低い国に移住しているだろう。
 
 自国で働き続けることを「選択」した北欧の人々は、「金銭以外の仕事の目的」を若い頃から深く考え、自分なりの仕事観を形成しているようだ。その結果、仕事に対して「挑戦」や「達成感」を求めている。

「お金よりも仕事の内容。どれだけ自分がチャレンジできるかが大事なので。給料が高ければ最初の3ヵ月は満足するかもしれないけど、それ以上になったらもっと欲しいと思ってしまうから」
クリスチャン・ブライバイスさん/デンマーク/不動産会社勤務
 
「一番重要なのは、自分のしている仕事がちゃんと評価されること。その次は、もっと高いレベルの仕事に向かうこと。もちろん、サラリーやいい同僚がいることも重要ですが、それからですね」
ポンタス・ハーグランドさん/スウェーデン/「マイクロソフト」勤務
 
「社会には、生きるために働かなきゃならない人と、働くことが面白いから生きている人、2つの種類の人がいます。私は、仕事をするのが面白いから、そのために働いているんです」
トーマス・フロストさん/デンマーク/ウェブデザイン会社勤務

 
 仕事に対しての熱意、そして挑戦を求める姿勢は、仕事の満足度や幸福度につながることがわかっている。挑戦と能力が高いレベルでマッチする仕事はフロー体験、つまり楽しさを伴った充足体験に導くからだ。仕事に必要なスキルを磨き続けることで、自己効力感が増すことも考えられる。

北欧諸国は今後の日本を表す?



 最後に、国際結婚をして北欧に住む日本人女性の言葉が印象的だった。

 結婚してデンマークで暮らす、サトコ・タナカ・フォールスバーグさんが、デンマークは日本から30~40年進んでいるという話をしてくれました。
 かつては税金もそれほど高くなく、また礼儀や上下関係を大事にする、今の日本に似た国だったのだそうです。
 
「移民を受け入れたために、生活の質が平等化されて下がって、税金を払わざるを得なくなってきました。そうすると物価も高くなるから、みんなが働かなくちゃいけない。でもその平等さ、フラットさは日本も見習えるかな」
サトコ・タナカ・フォールスバーグさん/デンマーク/船舶会社勤務

 

日本は北欧と比べると、幸福度に関しては「発展途上国」だ。

 
 GNH(国民総幸福量)で有名なヒマラヤの小国家ブータンの首相を招いて開かれた今年3月の国連総会で発表された「世界幸福度報告書」によると、日本の幸福度ランキングは45位。1位のデンマーク、2位のフィンランドと比べるとかなり差が開いている。他の幸福度調査でも、日本のランキングは先進国の中では「中の下」だ。
 
 ただ日本の状況はデンマークなどの北欧諸国に近づいている。所得税はすでに高く、数年後には消費税も世界平均の10%台に上がる。一度二桁になると、さらに上がり続けることが予想される。所得格差が縮まり、よりフラットな社会になるだろう。このまま国の人口が減少し続けるのであれば、移民も受容せざるをえない。さらに高齢化社会では必然的に税金が福祉に使われることになる。
 
 このように日本は主意的に選択したわけではないが、北欧と同じ様な高税率・平等社会・福祉国家への道を着実に歩んでいる。その結果、人々は物質主義を捨てざるをえなくなり、精神的な豊かさを追求する価値観へのシフトが加速する。北欧で既に起きたこと、そして欧米の富裕層で現在起きているこの流れが、アジアでは初めて日本で生まれている。現在の中国や韓国では物質主義が社会の価値観を形成しているが、いずれは日本に倣うことになると思う。そのためにも、日本人は北欧の「先輩」に見習って、ウェルビーイングを高める学習をする必要があると考える。

目次



chapter01
古い価値観のままでは不幸せになる時代
chapter02
自由に生きるために、変えること
chapter03
自由に生きるために、捨てること
chapter04
新しいライフスタイルを求めて

2012年9月19日
ポジティブサイコロジースクール代表 久世 浩司
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